「Growth in cities」についてまとめた。

論文について

  • DOI: 10.1086/261853
  • APA形式: Glaeser, E. L., Kallal, H. D., Scheinkman, J. A., & Shleifer, A. (1992). Growth in cities. Journal of Political Economy, 100(6), 1126–1152.

https://scholar.harvard.edu/files/shleifer/files/growthincities.pdf


研究背景

近年の経済成長理論(Romer、Porter、Jacobsらによる)は、経済成長を生み出す要因として、技術的な知識の波及効果(knowledge spillovers)の役割を強調しています。このような知識の波及は、人々のコミュニケーションがより広範囲に及ぶ都市において特に効果的であると考えられています 。都市が、高い家賃にもかかわらず存続しているのは、人々が互いに学び、生産性を向上させる機会(アイデアの容易な流れ)があるためであると説明されます。

この知識の波及効果(動的外部性)について、以下の3つの主要な理論が対立しています:

  1. Marshall-Arrow-Romer (MAR) 理論: 知識の波及は同一産業内の企業間で起こる(地域的専門化が成長を促進する)。また、知識の流出を制限し、イノベーションを内部化(発明者が独占)できる地域的独占が成長に良いとする。
  2. Porter 理論: MARと同様に同一産業内の企業間の波及を重視するが(地域的専門化を支持)、イノベーションの追求と迅速な採用を促進するため、地域的な競争が成長に良いとする。
  3. Jacobs 理論: 最も重要な知識の波及は異なる産業間で起こる(都市の多様性が成長を促進する) 。また、Porterと同様に、技術の採用を加速させるため地域的な競争を支持する 。

研究目的

米国の大都市における産業の成長に関する新しいデータセットを用いて、上記の知識の波及効果に関する3つの主要な都市成長理論(MAR、Porter、Jacobs)の予測を実証的に検証すること。特に、都市における産業の成長率が、その都市・産業における地域的専門化競争水準、および都市の多様性によってどのように影響されるかを明らかにすること。


方法

  • データセット: 1956年と1987年の米国の170の最大都市(標準大都市圏:SMA)における主要な産業(各都市の上位6つの2桁産業)のデータ(雇用、賃金、事業所数など)をCounty Business Patterns (CBP) から構築。分析対象は、全部で1,016の都市-産業の観察値(例: ニューヨークの衣料品・繊維産業)とした。
  • 分析手法: 都市-産業の雇用成長率を被説明変数とし、以下の理論的な要因(知識の波及効果の指標)を説明変数とする回帰分析(最小二乗法)を実施した。
    • 専門化(MAR/Porter理論の予測): 当該都市における当該産業の雇用シェアを、全国における当該産業の雇用シェアで割った相対的な集中度。
    • 競争(Porter/Jacobs理論の予測): 当該都市における当該産業の従業員あたりの事業所数(企業規模の逆数)を、全国平均で割った相対的な比率 。
    • [多様性(Jacobs理論の予測): 当該産業を除く、当該都市の上位5産業の都市雇用全体に占めるシェアの逆数(非多様性を測定し、この値が低いほど多様性が高い)。
  • 制御変数: 初期雇用水準、初期賃金水準、南部ダミー変数、全国産業雇用成長率を含めた 。また、代替的な従属変数として賃金成長率を用いた分析も行った。

結果

  • 地域的専門化の影響: 産業がその都市により集中している(専門化の度合いが高い)ほど、その産業の雇用成長は遅いという、統計的に有意な負の関係が示された。これは、MARおよびPorterの理論(専門化が成長を促進するという予測)と相反する結果であった。
  • 地域的競争の影響: 当該産業の従業員あたりの事業所数が多い(相対的に企業の規模が小さく、競争的)都市-産業ほど、雇用成長は速いという、統計的に非常に有意な正の関係が示された。この結果は、PorterおよびJacobsの理論(地域的な競争が成長を促進するという予測)と整合的であった。
  • 都市の多様性の影響: 当該産業以外の主要産業の集中度が低い(つまり、都市が多様である)ほど、当該産業の雇用成長は速いという、統計的に有意な負の関係が示された。これは、Jacobsの理論(産業間の知識の波及が成長を促進するという予測)と整合的であった。
  • 賃金成長(生産性成長の代用指標)に関する補足的な分析では、専門化は賃金成長に有意な影響を与えず、競争は賃金成長を減少させ、多様性は賃金成長を促進する、という結果が得られた。

考察

  • 知識の波及効果の源泉: 実証結果は、産業内の知識の波及(MAR/Porter)が成長にとって重要であるという予測を支持せず、むしろ産業間の知識の波及(Jacobs)が、少なくとも成熟した大都市においては、雇用成長にとってより重要であることを示唆している 。
  • 専門化の理由: 専門化が成長を促進しないにもかかわらず、都市に専門化が広範に存在する理由として、知識の波及とは関係のない静的外部経済Localization externalities:特定のインプットの共有や労働力のプールなど)が、本サンプル期間が始まる前に既に定着していたためであると考えられる 。
  • 都市化の外部性(Urbanization externalities): 小さい産業の雇用成長は、大きい産業の雇用成長と正に相関しており、これは、大きい産業の成長が、地域の需要を高めることによる集約的需要の波及効果(Urbanization externalities:都市化の外部性)を強く支持している(混雑による負の外部性よりも優位)。
  • 理論的含意: この結果は、知識の伝達が他部門へのイノベーションの採用という形をとるJacobs、Rosenberg、Bairochのモデルと最も整合的である 。

結論

本研究は、1956年から1987年の米国大都市における産業の雇用成長を分析した結果、地域的専門化は成長を阻害し地域的競争と都市の多様性は成長を促進することを発見しました 。

このエビデンスは、産業内の知識の波及(MAR/Porter)よりも、産業間の知識の波及(Jacobs)が、特に比較的成熟した都市においては、成長にとってより重要であるという解釈と最も整合的です。ただし、これらの結果は、産業が労働力が安く需要が高い地域に移動するという新古典派モデルによっても部分的に説明できる可能性についても言及されています 。

最終的に、研究は、成長に関する研究の焦点が、産業の内部を見ることから、産業間のアイデアの拡散へと移行すべきであることを示唆しています。